ダックスの恭平2

我が家にやって来た編

この時の私達の感覚で、愛犬に1部屋を与えるとか、一緒のベッドで寝るなどという発想は無かった。それに、洗面所の床はタイルで出来ていたので、洗面所が恭平の部屋兼トイレにすることにした。そしてベッドはダンボール。おしゃれではないか。ちゃんとかわいいタオルをひいてあげた。ますますおしゃれなベッドだ。恭平も案外お気に入りで、遊びつかれるとさっさと段ボールベッドでお休みをする。かわいい。何ともいえずかわいい。

そんな恭平に第一の試練が訪れた。私の父は小さいながらも会社を経営していて、給料がやすい割には皆よく頑張ってくれるので、恒例の一泊の慰安旅行に行くことになった。もちろん家族全員なので恭平は家でお留守番。しかし、しかし、食事とトイレが一番心配でやはり私だけ残って恭平の世話をするべきかと迷っていた。しかし、祖母がすぐ家の裏にいたのでご飯と、散歩だけ世話してくれると言う。心配ながらも祖母は恭平をかわいがってくれているし、大丈夫だというので任せることにした。

そして旅立ちの朝、心配で心配でとにかく泣きたくなるほど心配をしながら、家を出た。

旅先でもやはり恭平が心配だった。そして一泊して家へ帰ると祖母が涙しながら私たちの帰りを待っていた。何故だろう?不安になった。しかし、涙ながらに話す祖母の話を聞いてみると、玄関の鍵がうまく開かなくて、一晩、恭平に餌もやれず、散歩にも連れて行けずに真っ暗な中一人ぼっちにさせてしまったというとたっだ。裏に住んでいる伊藤さんに頼んで、やっと今日の夕方家の中に入ることが出来、恭平にご飯をあげて、散歩をさせて、帰ろうとしたらしい。同じ家に住んでいなかったので私達に遠慮があり、用が済んだら帰るつもりだったからだ。ところが、祖母の着物のすそをかんで帰ろうとする祖母を引き止めるらしい。かわいそうで、「じゃもう少しね」とそばにいてやると、一心不乱にクッションとじゃれている。あ、大丈夫だな、恭平も平気そうだし、遊んでいるところをみると帰っても心配なさそうだからと、腰を上げると、やはり恭平は着物のすそをかんでひっぱり帰るなというらしい。遊んでいるからそばにいろ、そして僕を見ていてと訴えるというのだ。(祖母の意見だが)その姿を見た祖母は何ともかわいそうなことをしたと、涙が出てきたということらしい。

しかし、恭平は私をそんなに頼りにしさぞかし寂しかったのだろう、それも一晩中一人で、おしっこもうんこも我慢していた。しかし、祖母にはもっと悪いことをした。頼んだばかりに、祖母を泣かせてしまった。私は本当に反省した。祖母にも恭平にも。が、かえってこの事件が、恭平と祖母の絆を深めることになった。いつも祖母を見ると全身で喜びを表す。祖母も恭平を滅茶苦茶可愛がるようになった。

そして、落ち着いたところで祖母も安心して帰っていった。私たちも夕飯がまだだったので、とりあえず、出前でもとろうということになり、母が出前をしに行った。出前といっても、作ってもらって、持ち帰るというシステムなのだが、そこに母が、恭平を一緒に連れていった。私と弟は嬉しそうに走る恭平を眺めていた。ところが、恭平がしっぽを丸めてこちらへ走ってくるではないか!どうしたんだろう?その後ろから母が追いかけながら叫んでいる「車にひかれた!」が、そんなはずはない。走っているのだから。

状況としては道路に飛び出して車にちょっと当たったようだ。それでびっくりして、走って逃げ戻ってきたのだ。車に当たった様子は私が見る限りでは無かった。が、父がすぐに病院へ連れていけという。どこも痛そうなところはないので大丈夫と思ったが、救急病院へ連れていった。案の定、どこも怪我をした様子はなく、「車に当たった様子もないし、ただびっくりしているだけだと思うから、今晩は、恭平君が不安を感じているはずなので、一緒に寝てあげてください。特に一晩、いい子でお留守番をしたのだからね」なんて先生はおっしゃった。そりゃそうだ。走る車に体当たしていたらこれでは済まないだろう。が!しかし!

この一言で、この日から私は恭平とベッドを共にするはめになった。この夜は始めて羽毛布団で寝たときの私のように布団の上ではじゃいでいる。元気なので何事も無くて良かったと思った。しかし、嬉しそうだ。一緒に布団に入り、おまけに私の腕を枕にする。ずうずうしい。あまりくっつくと寝返りを打ったときに恭平をつぶしてしまうという不安があり、恭平から離れると、寄り添ってくる。それを繰り返すと当然私は壁にぶち当たるか、ベッドの下に転落。冗談じゃない。寝苦しく夜中に目が覚めると、やはり私の腕を枕にしている。でも。。。。それが可愛い。。。

一晩だけのつもりだったのだが、翌晩から布団の温もりを知ったのかダンボールベッドに入ろうともしない。。「僕は毎日ここで寝るんだ!」と決めこんでしまったようだ。あのおしゃれなダンボールベッドはゴミとなったのは、すぐその後のことである。 が、この時、恭平のご主人様は私なのかもしれないと、ほぼ確信を持った。父母、弟の布団へは絶対入らない。密かに恭平を抱きしめた。私がいないとだめなのよね、恭平君は。こういう時は君までつけて呼ぶのだから、私も勝手ということなのかもしれない。

恭平の活発さはなおも続き、ある時、私はおしゃれで、裾のひらひらした薄手のワンピースを持っていた。歩くたびにすそがひらひらとして、お気に入りの1枚で、結構高かった物だ。そのワンピースを着てお出かけしようとしていたときである。思いっきり何かに引っ張られ、ついでにびりっという音をさせ、つんのめった私は、何??と振り返った。ははは。。。恭平がワンピースのすそをかんでぶら下がってる。。。え???まさか???破れた???

ははは。。。恭平はすそを咥えたまま尻尾を振っている。なに???何考えてるの???どうしてそういうことをするの???何の意味があるの???全く発狂しそうだ。。。。。

当時、恭平は私の部屋でやりたい放題で、もちろんその都度、叱ってはいたのだが、人間の想像を超える事をしでかし、私は手を焼いていた。まさかそんなことをしないだろうと思う事が、全部裏目に出るのである。私がブランド志向でなくなったのも、恭平のおかげ?である。

いつも元気で明るい性格の恭平を信じ、「恭平は家族がめんどうみるから私が1週間ぐらいいなくても大丈夫よね」と勝手な事を言い残し、1週間の旅に出た。旅行から帰った時のこと、当時10万では買えない、ボストンバッグ、当然ブランド物だったのだが、見事にかじられていた。使えないほどにかじってあった。もう少し遠慮してくれたら何とか使えたのだが、恭平にとっては、100万円も10円も見分けがつかない。

その屑と化したバッグを見たとき、初めて、怒りのあまり声が出ないということを経験した。これからはかじられても後悔の無いようなバッグを使おう!!それに洋服も、穴があいても失神しないようなものを着ることにしよう。こうして、私のブランド生活は終わりをつげたのだ。

その後も日ごと賢くなる恭平は、私が叱るのを知っているのか私が部屋を空けると部屋の中で手の届くものは全て噛んでゴミにしてくれた。低い家具でインテリアしていたので、何でも手が届くというのもいけなかった。その後、たんすごと変えたのは言うまでもない。壁一面を新しいたんすで埋め尽くし、床にはおろか、恭平の身長までの高さには何も置かないと決心した。インテリア???何の話???実用性が大切よね!

動物をなめてかかるとこれもまたひどい目にあう。また違う旅行をしたときのことだ。恭平を、いつもどこへでも連れて歩いていたのだが、海外へまでは連れて行けない。ほんの1週間で帰ってくるからいい子で待っててね。と言い聞かせ、当然理解してくれたものとして、海外へと旅立った。

まあ、バッグの件は忘れよう。その代わり、いい子で留守番をしてくれるはずだから、ちゃんとお土産も買って帰るからね。なんて事を言いながら...

旅先では当然私は恭平が恋しくてたまらない。ブランド物のショップへ行くより恭平のお土産をあれもこれもと買い込み、夜は一緒に同行した友人に犬の話をくどいほど聞かせた。「恭平はね、私がいないとほんとだめなの。何時でも何処でも私と一緒でないと。きっと今ごろは私がいなくてしょんぼりしていると思うの」なんて。空港に飛行機が着陸するときには、「私の帰りを待ちわびてるて、ごめんね」なんてちょっと感傷に浸っていた。

無事家に帰り着くと、真っ先に恭平を抱きしめた。思ったより元気だ。すぐさまスーツケースから、恭平へのお土産を全部出して、恭平に見せた。

一息つくと。弟が、「俺はしらんよ」というのだ。なにが?何があったの? 私は出かけるときに、家族に、恭平を私の部屋に入れないでね。ひょっとして何か悪いことをするといけないから。と、頼んで行った。私はいつも旅行へ行くときにベッドもきれいに片づけていく。あってはいけないことだが、もしものことがあると、よく、遺族が、部屋をそのままの形にしておく、ということを聞いてから、あまり散らかっていると、未練もなくさっさと片づけられるし。遺書こそ書かないが、見栄えよくして出かけるのだ。

ところが、そんな私の気遣いは何のことはない、弟の言葉を聞いて私は私の部屋へ行ってみた。これが人間の部屋かと思うほどに汚れていた。大袈裟ではない。恭平は私のもらい物のぬいぐるみで遊んでいたのだが、このぬいぐるみの中身が悪かった。発泡スチロールを細かくしたものと、ナイロン繊維の細かいパンヤみたいのを一緒に混ぜたものが入っていた。見事に恭平はこの中身を部屋中、本当に部屋中、どうやってここまできれいに部屋中広げたのだろう、そう反対に感心してしまうほど角からすみまできれいに広げてあった。もちろんそれだけではない。ベッドの上にも、何があったの?と聞きたくなるようなありさまだ。この時2回目の怒りで声が出ず立ちすくむ、という経験をした。

これは間違いない。仕返しだ。恭平の仕返しに違いない。いい子だからという、人間の側の勝手な思い込みで反対に動物を見くびった。大袈裟だけどそう思った。恭平にしてみれば面白くないはずだ。いつでもどこへでも連れていってもらえるはずなのに、こんなに長い間、ほったらかしにして頭に来たのだろう。それとも、もう私は帰ってこない、それならば、僕がこの部屋の主だから、すきにさせてもらおう。僕の天下がやってきた。まあ、そんなところではないかと思う。自分の都合のいいようにしか可愛がっていなかったのかもしれない。恭平に勝手な期待するのは飼い主のわがままだということにしておこう。

しかし、この子があと10年生きるとしたら、私は?その年までこのやんちゃを面倒見ていくのか????そんなのいやだ。。。冗談だろ???あっちいけよ!!!くっつくなよ!!!なつくなよ!!!はっきり言うと、後悔をしていた。仏壇に手を合わせたことも後悔した。できるならほかの家族になついてほしい。しかしほかの家族は恭平がいるとゆっくりできないという理由で、恭平を寄せ付けない。何てことだ。恭平を見るとなにやら、にそっと微笑んでいるように見えるのは気のせいだろうか????

ある時、私のひざの上で眠る恭平を見て、ふと、思った。この子は、こんなに私に怒られるのに、それでもこうして私のことを頼りにしている。この子はきっと一生懸命生きているんだ。わざと怒らせるために悪戯をしているわけでもないんだ。私から怒られ、指示されたことを一生懸命理解しようとし、勝手な感情で怒りまくる私を信頼し、寄り添ってくる。考えたら、新聞紙か紙幣か見分けがつくはずもない動物に人間の判断力を求めた私は身勝手な飼い主だ。思い起こせば、おトイレもちゃんと覚えた。今日の新聞紙の上で平気でおしっこをしていた恭平が、ちゃんと古い新聞紙の上でおしっこをすると理解している。そして、床の上に置いてある物なんでも噛んでいるようで、実は、私のバッグだけは噛むことをしない。今日から、恭平の接し方が変わりそうである。

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